2009年(主日B年)

2009年11月 6日 (金)

年間第33主日 (2009/11/15 マルコ13章24-32節)

教会暦と聖書の流れ

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 教会暦で年間最後の3つの主日(第32、33主日と王であるキリストの祭日)は「終末主日」と呼ばれます。聖書朗読は、世の終わりの救いの完成に目を向ける内容になっています。今年・B年では、きょうの第33主日にもっともはっきりと「終末主日」の性格が表れています。ちなみに、来週の「王であるキリスト」の福音はヨハネ福音書が読まれますので、今年主に読まれてきたマルコ福音書の朗読は、きょうが最後ということになります。

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2009年10月30日 (金)

年間第32主日 (2009/11/8 マルコ12章38-44節)

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 マルコ福音書では11章のはじめでイエスはエルサレムの町に入り、神殿の境内でさまざまな人と出会いました。商売をしている人、祭司長・民の長老・律法学者、ファリサイ派やヘロデ派、サドカイ派という人々です。彼らは当時の社会の中で富や権威を持っている人々でしたが、彼らとイエスとの対立は深まるばかりでした。唯一イエスが評価したのが、最後に出会った一人の貧しい「やもめ」の姿です。イエスはこの後、13章で神殿を出て行き、その東にあるオリーブ山から神殿を眺めながら、弟子たちに向けて神殿の崩壊を予告し、「決して滅びない」(13章31節)ものへの信頼を説いていくことになります。

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2009年10月23日 (金)

諸聖人 (2009/11/1 マタイ5章1-12a節)

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 11月1日は諸聖人の祭日で、年間主日と重なるとこの祭日のほうが優先して祝われます。ラテン語で聖人を表す言葉は(複数形では)「サンクティsancti」や「ベアティbeati」です。sanctiのほうは「神の人、聖なる人」の意味ですが、beatiのほうは「幸いな人、祝福された人」の意味です。この日のミサの福音では、マタイ福音書の「山上の説教」の冒頭の箇所が読まれます。8つの「幸い」(ギリシア語複数形で「マカリオイmakarioi」)は、ラテン語ではbeatiと訳されます。聖人とは、まさにこの「幸いな人」と言えるでしょう。

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2009年10月16日 (金)

年間第30主日 (2009/10/25 マルコ10章46-52節)

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 イエスのエルサレムへの旅は、ガリラヤに始まり、ヨルダン川を下ってきて、エリコの町に到着しています。ここまでは130kmほどで、エリコからエルサレムまでは残り30km足らずです。マルコ福音書では、この話の後(11章)はもうエルサレム入りの場面ですので、エルサレムへの旅も終わりに近づいていることになります。イエスに従うことのできなかった金持ちの男(10章17-22節)やイエスの受難の道を理解していなかった弟子たち(10章35-45節)の姿と対照的に、イエスに従っていったバルティマイの姿が伝えられています。

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2009年10月 9日 (金)

年間第29主日 (2009/10/18 マルコ10章35-45節)

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 場面はエルサレムへの旅の途中で、マルコ福音書の3回目の受難予告(10章32-34節)に続く箇所です。「受難の道を歩むイエスに従う」というテーマは先週の福音(10章17-31節)から続いています。これまで2回の受難予告同様、ここでもイエスの受難の道について無理解な弟子たちの姿が表われていますが、この弟子たちに向けて、イエスはご自分の受難と死の意味をもっともはっきりと語られます。

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2009年10月 2日 (金)

年間第28主日 (2009/10/11 マルコ10章17-30節)

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 マルコ福音書の2回目の受難予告(9章31節)の後、受難の道を歩むイエスに従うとはどういうことかを示す言葉や物語が続いています。きょうの箇所の冒頭の「イエスが旅に出ようとされると」はガリラヤからエルサレムへの旅のことです。ここでは、「イエスに従う」ということが、よりはっきりとしたテーマとして表れています。

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2009年9月29日 (火)

「聖書の集い」秋の一日セミナーのお知らせ

「聖書の集い」は、小さなグループで一緒に福音書を読み、ともに祈る「バイブル・シェアリング(聖書の分かち合い)」の一つの方法です。皆様ご存じでしょうが、「福音のヒント」はもともと、この「聖書の集い」で使うために作られています。「聖書の集い」について学ぶセミナーを毎年春と秋に行なっていますので、どうかご参加ください。くわしくはこちらをごらんください。

2009年9月25日 (金)

年間第27主日 (2009/10/4 マルコ10章2-16節)

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 マルコ福音書では、2回目の受難予告(9章31節)の後に、イエスのさまざまな行動や言葉が伝えられています。先週の箇所(9章38-50節)に続くきょうの箇所では、当時、社会的な立場・評価の低かった女性と子どもに対するイエスの態度が示されています。ここには、イエスがいのちがけで伝えようとした神(アッバ)の心がよく表れていると言えるでしょう。

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2009年9月18日 (金)

年間第26主日 (2009/9/27 マルコ9章38-43,45,47-48節)

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 先週読まれたマルコ9章30-37節で、イエスは2回目の受難予告をし、ご自分の十字架の道に弟子たちを招きました。先週の箇所では「仕える者になる」「子どもの一人を受け入れる」ということが言われていましたが、それに続くきょうの箇所でも、イエスに従う弟子たちの生き方とはどういうものかが示されると考えたらよいでしょう。つまり、ここには、弟子たちの生き方についての教えだけでなく、イエスご自身の十字架の道がどのようなものであるかということも示されていると言えそうです。

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2009年9月11日 (金)

年間第25主日 (2009/9/20 マルコ9章30-37節)

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 先週の箇所は、いわゆる「ペトロの信仰告白」と「最初の受難予告」の箇所(マルコ8章27-35節)でしたが、きょうは少し飛んで、2回目の受難予告と言われる場面です。マルコ福音書の3回の受難予告では、いつも同じパターンがあります。
  (a) イエスはご自分の死と復活を弟子たちに予告する。
  (b) 弟子たちはそれを理解できず、見当はずれなことを考えている。
  (c) イエスはその弟子たちにご自分の受難の道の意味を語り、弟子たちを同じ道に招く。
 この2回目の受難予告でも同じパターンが見られます。

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2009年9月 4日 (金)

年間第24主日 (2009/9/13 マルコ8章27-35節)

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 耳が聞こえず口のきけない人をいやした先週の箇所(マルコ7章31-37節)からは少し飛んでいます。きょうの箇所は、いわゆる「ペトロの信仰告白」と「最初の受難予告」の場面です。ガリラヤでのイエスの力強い活動を伝えるマルコ福音書の前半(1章1節~8章30節)と十字架と復活への道を歩む後半(8章31節~16章8節)のターニングポイントとも言える重要な箇所です。

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2009年8月28日 (金)

年間第23主日 (2009/9/6 マルコ7章31-37節)

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 ファリサイ派・律法学者と「汚(けが)れ」について論じ合った先週の福音(マルコ7章1節以下)の後、イエスはティルスという異邦人の地に行きます。そこで異邦人の女と出会い、彼女の娘をいやしますが、同じ話はA年にマタイ福音書から読まれる(マタイ15章21-28節)ので、ここでは省略されているようです。イエスに対して批判的なファリサイ派・律法学者の姿と、イエスに出会い、イエスによって信頼と希望を取り戻していく異邦人・障害者・貧しい人々の姿が対比されていく中で、マルコ福音書は前半の頂点とも言えるペトロの信仰告白(8章29節)へと向かっていきます。

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2009年8月21日 (金)

年間第22主日 (2009/8/30 マルコ7章1-8,14-15,21-23節)

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 年間第17~21主日までの5週間にわたってヨハネ福音書6章が読まれてきましたが、きょうから再びマルコ福音書の朗読に戻ります。年間第16主日の箇所は、マルコ6章30-34節でしたが、その後、マルコ福音書は、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与え、湖の上を歩いて舟をこぎ悩んでいた弟子たちに近づき、さらに、多くの病人をいやしたイエスの姿を伝えています。そして、きょうの箇所になります。直前に出てくる地名は「ゲネサレト」で、これはガリラヤ湖の北東岸の町の名です。

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2009年8月14日 (金)

年間第21主日 (2009/8/23 ヨハネ6章60-69節)

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 年間第17主日から始まったヨハネ6章の朗読の結びです。ヨハネ6章は、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与えた出来事から始まって、パンをめぐるイエスと人々との対話が続いてきました。最終的に今日の箇所で、イエスの話を聞いた人々は、「実にひどい話だ」と言いますが、それは「わたしは天から降(くだ)ってきたパンである」(33-40節)、「人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない」(53節)というようなイエスの言葉を理解できなかったからだと考えられるでしょう。

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2009年8月 7日 (金)

年間第20主日 (2009/8/16 ヨハネ6章51-58節)

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 年間17主日の福音で、イエスが5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与えた話(ヨハネ6章1-15節)が読まれ、そこからパンについてのイエスとユダヤ人との間の長い対話が始まりました。きょうの箇所はその頂点とも言える箇所です。ヨハネ福音書は最後の晩さんの席での聖体制定を伝えていませんが、この箇所で聖体の豊かな意味を語ろうとしています。

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2009年7月31日 (金)

年間第19主日 (2009/8/9 ヨハネ6章41-51節)

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 三年周期の主日のミサの聖書朗読配分で、今年(B年)は主にマルコ福音書を読む年ですが、その途中(年間17~21主日)にヨハネ福音書6章の朗読が入り込んでいます。ヨハネ6章は、イエスが5つのパンと2匹の魚で大群衆を養った話(先々週の箇所)に始まり、パンについてのイエスと群衆の対話が続きます。先週の箇所は「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」(35節)というイエスの宣言で結ばれていました。きょうの箇所はその少し後から始まります。

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2009年7月24日 (金)

年間第18主日 (2009/8/2 ヨハネ6章24-35節)

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 主日のミサの聖書朗読は3年周期になっていて、今年(B年)の年間主日では、主にマルコ福音書が読まれます。しかしその途中、先週の年間第17主日から5週の間は、ヨハネ福音書6章が読まれることになっています。先週の福音は、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与えたという話でしたが、きょうはその翌日の話です。パンをめぐるイエスと群衆の対話の中で、何が「命のパン」か、すなわち、何がほんとうに人を生かすものであるかが問われ、そして、明らかにされていきます。

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2009年7月17日 (金)

年間第17主日 (2009/7/26 ヨハネ6章1-15節)

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 主日のミサの朗読配分は、マタイの年、マルコの年、ルカの年の3年周期になっています。ヨハネ福音書はほとんどの箇所にイエスの死と復活というテーマが現れているので、四旬節や復活節に集中して読まれます。ただし、ヨハネ1章19節~2章11節(イエスと最初の弟子たちの出会い=年間第2主日)と6章(パンについての話)だけは、年間主日の流れの中に組み込まれて読まれることになっています。今年はマルコの年で、先週の箇所(マルコ6章30-34節)に続くのは、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与える話(6章35-44節)ですが、きょうの福音では同じ話をヨハネ福音書から読みます。そして、きょうから5週間、ヨハネ福音書の6章が読まれていくことになります。このようにして、主日のミサの中で4つの福音書をバランスよく読むことができるようになっているのです。

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2009年7月10日 (金)

年間第16主日 (2009/7/19 マルコ6章30-34節)

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 イエスが12人の弟子を派遣した先週の箇所の結びには、「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした」(マルコ6章12-13節)とありました。続く14-29節には、弟子たちがイエスとともにいなかった時間を埋めるかのように、洗礼者ヨハネの殉教の物語が伝えられています。ですから、きょうの箇所は内容的には13節から続いているのです。
 この後、5つのパンと2匹の魚を大群衆に分け与える話になっていきますが、実は、来週の福音は同じ話をヨハネ福音書から読むことになり、ヨハネ6章の朗読が5週間続きます。年間主日のマルコの朗読が再開されるのは、年間第22主日(マルコ7章)からです。

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2009年7月 2日 (木)

年間第15主日 (2009/7/12 マルコ6章7-13節)

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 先週の福音で、ナザレでの活動の後、「イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった」(6章6節)とありました。イエスの活動が広がっていくのに伴い、12人の弟子が派遣されます。マルコ福音書では、3章で12人の弟子が選ばれていました。「イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせるためであった」(3章13-15節)。ずっとイエスのそばにいて、イエスのなさることを見てきた弟子たちが、いよいよ派遣されるのがきょうの場面です。

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2009年6月26日 (金)

年間第14主日 (2009/7/5 マルコ6章1-6節)

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 先週の福音では、出血の止まらない女性の病気がいやされ、会堂長ヤイロの娘がイエスによって生き返らされました。そこでは「娘よ、あなたの信仰があなたを救った」(5章34節)「恐れることはない。ただ信じなさい」(5章36節)というように、「信じること」が大きなテーマでした。きょうの箇所は先週の続きの箇所ですが、ここでも「信じる」というテーマが大切だと言えるでしょう。

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2009年6月18日 (木)

年間第13主日 (2009/6/28 マルコ5章21-43節)

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 先週の福音でガリラヤ湖の嵐を静めた(マルコ4章35-41節)後、イエスは向こう岸の異邦人(ゲラサ人)の地に渡り、そこで悪霊に取りつかれた人をいやしました(5章1-20節)。そこから再びユダヤ人の地に戻って来てきょうの箇所になります。 きょうの福音では、2つのいやしの物語が伝えられています。おそらくここでは「信じる」というテーマが重要だと言えるでしょう。この「信じる」というテーマは、先週の箇所(5章40節)にも来週の箇所(6章6節)にもはっきりと表れています。

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2009年6月12日 (金)

年間第12主日 (2009/6/21 マルコ4章35-41節)

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 四旬節~復活節という長い期間を終え、三位一体の主日とキリストの聖体の祭日を祝った後、教会の暦は再び年間主日の流れに戻ります。年間主日のミサの福音のテーマは、イエスの活動の様子を順を追って思い起こすことです。今年はマルコ福音書を通してイエスの活動の跡をたどっていきます。マルコ4章1節に「イエスは、再び湖のほとりで教え始められた。おびただしい群衆が、そばに集まって来た。そこで、イエスは舟に乗って腰を下ろし、湖の上におられたが、群衆は皆、湖畔にいた」とあり、そこからイエスはさまざまなたとえを用いて神の国について語りました。きょうの箇所の冒頭にある「その日の夕方になって」は、この場面からつながっているようです。

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2009年6月 5日 (金)

キリストの聖体 (2009/6/14 マルコ14章12-16, 22-26節)

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 聖体の制定を記念するミサは、聖週間中の聖木曜日に行なわれる「主の晩さんの夕べのミサ」です。しかし、復活節が終わった後、改めてキリストの聖体の祭日を祝います(本来は聖霊降臨後の第二木曜日ですが、日本のようにキリスト教国でない国では日曜日に移して祝われています)。この日も先週の三位一体の主日と並んで、四旬節・復活節のまとめと言えるでしょう。聖体の秘跡とはイエスの受難・死・復活にわたしたちが日々結ばれて生きるための秘跡だからです。B年の福音朗読は、マルコ福音書の最後の晩さんの箇所です。

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2009年5月29日 (金)

三位一体の主日 (2009/6/7 マタイ28章16-20節)

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 教会の暦では四旬節から復活節にかけて、イエスの受難、死、復活、昇天、聖霊降臨を記念してきました。聖霊降臨の主日で復活節は終わりましたが、その次の日曜日は三位一体の主日という特別な祭日です。この日は「三位一体」という神学的な教えを考える日というよりも、イエスの受難・死を見つめ、その復活を知り、聖霊降臨を祝ったわたしたちが、大きな救いの出来事を振り返りながら、父と子と聖霊である神の働き全体を味わう日だと考えればよいでしょう。B年の福音朗読は、マタイ福音書の結びの箇所です。

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2009年5月22日 (金)

聖霊降臨の主日(2009/5/31ヨハネ15章26-27節,16章12-15節)

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 聖霊降臨の主日のミサの福音は、毎年同じヨハネ20章19-23節を読むことができますが、ここではB年のための任意の箇所を取り上げます。復活祭から50日目に聖霊降臨を祝うのは、使徒言行録2章(第一朗読)にあるペンテコステ(五旬祭)の日の出来事に基づいています。イエスは復活して神のいのちに上げられますが、弟子たちには聖霊が注がれます。弟子たちはこの聖霊に駆り立てられて、福音を告げ知らせ始めました。その意味で聖霊降臨は過越(すぎこし)の神秘の完成であり、同時に教会の活動の出発点なのです。

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2009年5月15日 (金)

主の昇天 (2009/5/24 マルコ16章15-20節)

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 使徒言行録によると、復活したイエスは40日にわたって弟子たちに姿を現した後、天に上げられました(1章3-11節、きょうの第一朗読)。本来、主の昇天の祭日は復活祭から40日目の復活節第6木曜日ですが、日本のようにキリスト教国でない国では日曜日に移して祝われます。きょうの箇所はマルコ福音書の結びですが、写本によってはこの部分がないものもあり、後の時代の人の付加した部分だと考えられます(マルコ福音書は本来16章8節で終わっていたようです。B年復活の主日の「福音のヒント」参照)。ここにはイエスの死後起こったことがコンパクトにまとめられています。すなわち、「弟子たちへの出現」「派遣命令」「イエスの昇天」「イエスが弟子たちとともにいつづけること」です。

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2009年5月 8日 (金)

復活節第6主日 (2009/5/17 ヨハネ15章9-17節)

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 きょうの箇所は先週の「ぶどうの木と枝」のたとえに続く箇所です。ヨハネ福音書13-16章は、最後の晩さんの席で、イエスが世を去るに当たって、世に残していく弟子たちに向けて語られた遺言のような長い説教を伝えています。しかし、14章の終わり(31節)には「さあ、立て。ここから出かけよう」というイエスの言葉があって、そこで一旦この場面が終わっているようです。おそらく15章以下は、後から拡大された部分でしょう。15-16章では13-14章と同じようなテーマが繰り返され、より深められていると考えたらよいと思われます。きょうの箇所の愛の掟も、13章ですでに一度語られていました。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(13章34-35節)。この箇所を重ね合わせながら、きょうの箇所を味わうと良いでしょう。

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2009年5月 1日 (金)

復活節第5主日 (2009/5/10 ヨハネ15章1-8節)

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 復活節第5、第6主日の福音では、ヨハネ福音書の最後の晩さんの席でのイエスの言葉が読まれます。世を去るにあたってイエスが弟子たちに語られた遺言のような言葉ですが、なぜ、これが復活節に読まれるのでしょうか。これらのイエスの言葉はほとんどが「わたしは去っていくが、何かを残していく、その何かのかたちでわたしはずっとあなたたちと共にいる」という約束です。この約束は、福音書を書いているヨハネにとっては将来のことではなく、すでに自分たちの中で実現した現在のことでした。今のわたしたちもこのイエスの言葉が、わたしたちの中で現実になっていると気づくときに、イエスが今も生きていることを確信できるのです。復活節は、ただ単に2000年前にイエスが死者の中からよみがえった、ということを祝う季節ではありません。復活して今も生きておられるキリストとの深いつながりを味わう季節なのです。

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2009年4月24日 (金)

復活節第4主日 (2009/5/3 ヨハネ10章11-18節)

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 復活節第4~第6主日のミサでは、ヨハネ福音書のイエスの言葉が読まれます。これらの箇所は、復活して今も生きておられるイエスと今のわたしたちとのかかわりを味わうために選ばれている箇所です。第4主日には毎年、ヨハネ10章の「羊と羊飼い」のたとえが読まれますが、ここには良い羊飼いとして羊にいのちを与えるイエスと羊であるわたしたちとの深いつながりが示されています(ちなみにA年には1-10節、C年には27-30節が読まれます)。

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2009年4月17日 (金)

復活節第三主日 (2009/4/26 ルカ24章35-48節)

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 先週に続いて、復活したイエスと弟子たちとが出会う場面が読まれますが、きょうの箇所はルカ福音書です。有名なエマオの弟子の話(ルカ24章13-35節)の結びには、2人が「時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた」(24章33-34節)とありました。きょうの箇所では、そこに再びイエスが姿を現します。

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2009年4月10日 (金)

復活節第2主日 (2009/4/19 ヨハネ20章19-31節)

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 復活節主日の福音のテーマは次のようにとらえることができるでしょう。復活の主日は復活の朝の「空の墓」の物語、第2、第3主日は「復活したイエスと弟子たちとの出会い」の物語、第4~第6主日は「目に見えないがイエスがともにいてくださるとはどういうことか」を示すヨハネ福音書の箇所。このうち、復活節第2主日の福音は毎年同じで、「週の初めの日の夕方」と「八日の後」にイエスが弟子たちに姿を現したヨハネ福音書20章の箇所です。このような箇所は2000年前のある日の出来事であると同時に、今のわたしたちのイエスとの出会いの物語として読むこともできるでしょう。

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2009年4月 3日 (金)

復活の主日 (2009/4/12 マルコ16章1-7節)

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 イエスが十字架で死んだのは今で言えば、金曜日の午後3時ごろでした。古代ユダヤでは日没から新しい一日が始まったので、この日を1日目とすると、金曜日の日没から土曜日の日没までの「安息日」が2日目、土曜日の日没から日曜日の日没までの「週の初めの日」が3日目ということになります。きょうの福音にあるように、週の初めの日の朝早くイエスの墓に行くと墓は空だったので、イエスは土曜日の日没に始まる3日目の夜のうちに復活したと考えられてきました。復活徹夜祭のミサは光の祭儀や入信の秘跡をもって復活を祝うもので、単なる前夜祭ではなく、復活祭のメインのミサなのです。このようなわけで、ここでは「復活の主日・日中のミサ」の福音、ヨハネ20章1-9節(毎年同じ)ではなく、「復活徹夜祭」の福音、マルコ16章1-7節(マタイ、ルカと3年周期)を取り上げます。

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2009年3月27日 (金)

受難の主日 (2009/4/5 マルコ15章1-39節)

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 教会の暦では、この週の木曜日・主の晩さんの夕べのミサから復活の主日までを「聖なる過越の三日間」と呼び、年に一度3日間かけて、「キリストの受難・死から復活のいのちへ」という「過越(パスカ)」を記念します。毎年この中の聖金曜日の典礼でヨハネ福音書の受難朗読が行われます。一方、主日のミサでも、復活の主日の前の週の日曜日に、イエスの受難を記念します。こちらは3年周期でマタイ、マルコ、ルカ福音書が読まれます。今年はマルコで、長い形としてマルコ14章1節~15章47節を読むこともできます。なお、この日のミサの開祭の部分で枝を用いて「主のエルサレム入城」が記念されます。

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2009年3月19日 (木)

四旬節第5主日 (2009/3/29 ヨハネ12章20-33節)

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 四旬節と復活節の根本的なテーマは、イエスの死と復活(過越)にあずかることです。ヨハネ福音書はある意味で、すべての箇所がこのテーマだと言えるので、この季節によく読まれます。きょうの箇所は、第3、第4主日よりも、さらに直接的にイエスの受難と結びつく箇所です。イエスの受難の時・栄光の時が迫っています。

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2009年3月13日 (金)

四旬節第4主日 (2009/3/22 ヨハネ3章14-21節)

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 四旬節・復活節の根本的なテーマはイエスの死と復活にあずかることです。ヨハネ福音書はある意味で、すべての箇所がこのテーマを表していると言えるので、この季節によく読まれます。先週の箇所に続き、ヨハネ3章1節からイエスとニコデモとの対話が始まりますが、その中できょうの言葉が語られています。

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2009年3月 6日 (金)

四旬節第3主日 (2009/3/15 ヨハネ2章13-25節)

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 四旬節第3~5主日の福音は年によって雰囲気が違います。A年は伝統的な洗礼志願者のための福音(ヨハネ4、9、11章)、C年は回心をテーマとした箇所が読まれます。今年(B年)はイエスの「死と復活」を直接テーマとする箇所が選ばれています。四旬節のさまざまな性格が年毎に表れていると言えるでしょう。そういう意味で、今日の箇所の中心テーマは「三日で建て直される神殿」すなわち「死んで三日目に復活するイエスの体」です。

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2009年2月27日 (金)

四旬節第2主日 (2009/3/8 マルコ9章2-10節)

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 四旬節に、いわゆる「主の変容」の箇所が読まれるのは、教会の古い伝統です。山の上でのイエスの栄光の姿は、イエスが受難と死をとおって受けられる栄光の姿が前もって現されたのだと考えられてきました。この日の福音の中に、「イエスの受難・死・復活にあずかる」という四旬節の大きなテーマが示されています。四旬節には、「洗礼志願者の準備」、「回心」とその具体的な表れとしての「祈り・節制・愛の行い」など、さまざまなテーマがありますが、そのすべてはきょうの福音のテーマ「イエスの受難・死・復活にあずかること」とつながっています。

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2009年2月20日 (金)

四旬節第1主日 (2009/3/1 マルコ1章12-15節)

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 「四旬節」は復活祭の準備の季節です。「四旬節」という言葉は「40日間」を意味します。復活祭までの日曜日を除く40日間が断食の期間とされたので、灰の水曜日が四旬節の始まりの日になりました。そもそもは、復活祭に入信の秘跡(洗礼・堅信・聖体)を受ける人の準備期間であり、今もこの四旬節第1主日に洗礼志願式が行われます。また、教会全体が主の過越(死と復活)にふさわしくあずかるための準備期間と考えられるようもなりました

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2009年2月13日 (金)

年間第7主日 (2009/2/22 マルコ2章1-12節)

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 先週の重い皮膚病の人のいやしに続く場面です。イエスのもとには大勢の病人が押し寄せてきました。この箇所では「病気のいやし」と「罪のゆるし」が深く結びついています。

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2009年2月 6日 (金)

年間第6主日 (2009/2/15 マルコ1章40-45節)

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 マルコ福音書は1章39節でイエスの活動をまとめて、「ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出された」と述べています。「悪霊を追い出す」ことは「病人をいやす」ことと密接に結びついていました(先週の「福音のヒント」参照)。きょうの箇所も一人の病人とイエスとの出会いを伝えています。

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2009年1月30日 (金)

年間第5主日 (2009/2/8 マルコ1章29-39節)

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 先週の箇所で、イエスは安息日に会堂で教え、悪霊に取りつかれていた人をいやしました(マルコ1章21-28節)。今日の箇所はその続きで、同じ日の出来事です。29節「すぐに」、32節「夕方になって日が沈むと」、35節「朝早くまだ暗いうちに」と時間を追って、カファルナウムでのイエスの活動の様子が伝えられています。

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2009年1月23日 (金)

年間第4主日 (2009/2/1 マルコ1章21-28節)

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 先週の箇所でイエスは神の国の福音を告げる活動を始め、まずガリラヤ湖で4人の漁師を弟子にしました(1章14-20節)。それに続く箇所がきょうの箇所ですが、38節までは時間を追って出来事が進行していき、全部が丸一日の間に起こっています。マルコは、イエスのガリラヤでの活動の様子を、カファルナウムでの典型的な一日を語ることによって、伝えようとしているのでしょう。

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2009年1月16日 (金)

年間第3主日 (2009/1/25 マルコ1章14-20節)

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 今年の年間主日のミサの福音では、主にマルコ福音書を用いてイエスの活動の歩みを思い起こしていきます。イエスはヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けたとき、聖霊に満たされ、神の「愛する子」と宣言されました(マルコ1章9-11節)。そして荒れ野で悪魔の誘惑を退けた(1章12-13節)のち、きょうの箇所から神の子としての活動を始めるのです。

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2009年1月 9日 (金)

年間第2主日 (2009/1/18 ヨハネ1章35-42節)

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 年間第2主日には毎年、ヨハネ福音書からイエスの活動の最初のころのエピソードが読まれます。年間主日のミサの福音は3年周期で、マタイ・マルコ・ルカ福音書をもとにイエスの活動を思い起こし、ヨハネ福音書は主に四旬節や復活節に読むようになっています。ただ、活動の最初のこの部分だけは年間第2主日に読まれるのです。
 内容的には「イエスが姿を現し、人々がイエスの光に出会う」というものであって、「栄光の現れ」(「主の公現」の福音のヒント参照)という降誕節のテーマを引き継いでいます。

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2009年1月 6日 (火)

主の洗礼 (2009/1/11 マルコ1章7-11節)

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 降誕節を締めくくるのは主の洗礼の祝日です。イエスがヨルダン川で洗礼を受けたのは、イエスが誕生してから30年もたった後の出来事ですが、そこには「イエスの神の子としての現れ」という降誕節のテーマが続いていると考えられているのです。
 同時にこの出来事はイエスの活動の出発点でもあります。主の洗礼の翌日から教会の暦は「年間」となり、福音を告げるイエスの活動の歩みが記念されていきます。

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2008年12月26日 (金)

主の公現 (2009/1/4 マタイ2章1-12節)

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 主の公現の祭日は本来は1月6日ですが、日本のようにキリスト教国でない国では1月2日から8日までの間の日曜日に移して祝われます。
 「公現」はギリシア語では「エピファネイアepiphaneia」で「輝き出ること」です。イエスにおいて神の栄光の輝きが現れたこと、イエスが神の子キリストとして現されたこと、それは待降節・降誕節全体の大きなテーマだと言えます。福音は毎年同じ箇所で、マタイ福音書の話が読まれます。マタイはルカとはまったく違うイエスの幼年時代の物語を伝えています。無理やり1つの物語にしてしまうより、それぞれの物語を通して神が語りかけているものを受け取るとよいでしょう。

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2008年12月19日 (金)

聖家族 (2008/12/28 ルカ2章22-40節)

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 降誕祭の後、一年の最後の主日は聖家族の祝日です。朗読箇所は、3年周期でいろいろな箇所が読まれることになっています。A年はマタイ福音書からイエスの家族のエジプトへの避難の話(マタイ2章13-15,19-23節)が、C年にはルカ福音書からイエスが神殿で迷子になる12歳のときのエピソード(ルカ2章41-52節)が読まれます。今年(B年)は誕生から40日目の「幼子イエスの神殿での奉献」の場面です。伝統的にイエス、マリア、ヨセフの家族は「聖家族」と呼ばれ、わたしたちの家庭の模範とされてきましたが、教会の暦の中では、降誕祭の余韻として、イエスの幼・少年時代の出来事を味わう日になっているのです。

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2008年12月12日 (金)

待降節第4主日 (2008/12/21 ルカ1章26-38節)

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 待降節第4主日はクリスマスの直前の日曜日で、この日のミサでは、イエスの誕生に直接関係する出来事が読まれます。今年(B年)の箇所はルカ福音書1-2章のイエスの誕生と幼年時代の物語から採られた、いわゆる「受胎告知」(あるいは「お告げ」)の場面です。イエスを身ごもったマリアという一人の女性の中に、神の救いの働きがもう始まっています。

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2008年12月 5日 (金)

待降節第3主日 (2008/12/14 ヨハネ1章6-8,19-28節)

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 先週のマルコ1章1-8節と同様、洗礼者ヨハネのことが読まれますが、きょうの箇所はヨハネ福音書から採られています。待降節は「愛と喜びに包まれた待望の時」(『典礼暦年に関する一般原則』39)と言われますが、特にこの第三主日は伝統的に「喜びの主日」と呼ばれ、救い主が確かに来られる、もうそこまで来ておられるという喜びの雰囲気をもって祝われます。

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2008年11月28日 (金)

待降節第2主日 (2008/12/7 マルコ1章1-8節)

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 毎年、待降節第2・第3主日のミサの福音には洗礼者ヨハネが登場します。ヨハネは救い主を待ち望んでいた旧約時代の人々の代表(その最後の人)だと言えるでしょう。大切なのは、洗礼者ヨハネを見つめることではなく、ヨハネが指し示した来(きた)るべき方=イエスを見つめることです。きょうの箇所にはまだイエスが登場しませんが、わたしたちにとって「イエスの到来」は2000年前にすでに起こったことです。教会の暦と朗読配分は、待降節・降誕節全体をとおして、イエスの到来の意味を深く味わうよう招いているのです。

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2008年11月21日 (金)

待降節第1主日 (2008/11/30 マルコ13章33-37節)

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 「待降節」と訳されたラテン語の「Adventusアドヴェントゥス」(英語ではAdvent)は、本来は「到来」を意味する言葉です。2000年前にイエスが世に来られたことを思い起こしながら、栄光のうちに再び来られることに思いを馳せます。この二重の意味での「到来」とそこに向かう人間の姿勢としての「待望」がこの季節のテーマです。第一主日には毎年、年間の終わり(終末主日)のテーマを受け継いで「目を覚ましていなさい」という、終末に向かう姿勢を問いかける言葉が読まれます。3年周期の主日のミサの聖書朗読配分はB年が始まりました。今年は主にマルコ福音書が読まれる年です。

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