2008年(主日A年)

2008年7月 3日 (木)

年間第15主日 (2008/7/13 マタイ13章1-23節)

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 先週の福音の箇所はマタイ11章の結びでした。マタイ12章は主日のミサの朗読配分では省略されていますが、そこには、安息日に病人をいやし、悪霊を追い出すなどのイエスの活動と、それに対するさまざまな反応が伝えられています。イエスのメッセージが簡単には受け入れられなかったという現実の中で、それでも天の国(神の国)は力強く成長している、ということを語るのがきょうの13章のたとえ話集だと言えるかもしれません。 

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2008年6月27日 (金)

年間第14主日 (2008/7/6 マタイ11章25-30節)

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  マタイ11章では洗礼者ヨハネやイエスを受け入れなかった人々のことが語られています。「ヨハネが来て、食べも飲みもしないでいると、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人(つみびと)の仲間だ』と言う」(18-19節)。確かに当時、イエスを受け入れた人々と受け入れなかった人々がいたのです。きょうの箇所は、そのような状況の中でのイエスの祈りと、人々に対する大きな招きとして読むことができるでしょう。

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2008年6月20日 (金)

聖ペトロ聖パウロ使徒 (2008/6/29 マタイ16章13-19節)

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 初代教会の中心的な指導者であるこの二人を一緒に祝う祭日は毎年6月29日ですが、主日にあたった年には、主日のミサでもこの祭日を祝います。福音の箇所は、マタイ福音書が継続して読まれている今年(A年)の、年間第21主日(8月24日)と同じ箇所です。この箇所では、これまでずっとイエスに従ってきた弟子たちを代表して、シモン・ペトロがイエスに対する信仰をはっきりと宣言します。

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2008年6月13日 (金)

年間第12主日 (2008/6/22 マタイ10章26-33節)

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 先週に引き続き、12使徒を派遣するにあたってのイエスの言葉です。天の国の福音を告げ、悪霊を追い出し、病人をいやす使徒たちの活動は必ずしも好意的に受け入れられるとは限らず(マタイ10章14節)、むしろ、迫害を受けることが避けられない(10章17-23節)ことをイエスは予告します。そして、その中でどういう態度を取るべきかがきょうの箇所で語られるのです。

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2008年6月 6日 (金)

年間第11主日 (2008/6/15 マタイ9章36節~10章8節)

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 マタイ4章~9章では「天の国」について語り、多くの病人をいやすイエスの活動が伝えられてきました。「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた」(マタイ9章35節)は、そのまとめと言えます。きょうの箇所はその続きで、イエスがなさってきた活動をさらに広げていくために、ここで12人の弟子が選ばれ、派遣されることになります。

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2008年5月30日 (金)

年間第10主日 (2008/6/8 マタイ9章9-13節)

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 主日のミサの朗読配分は3年周期になっていますが、今年(A年)の年間主日では、マタイ福音書をとおして、イエスの活動の歩みを少しずつたどっています。先週まで続いた長い山上の説教(5-7章)の後、マタイ8-9章では、病人をいやしたり、湖の嵐を沈めたりする、イエスのさまざまな活動の様子が伝えられています。

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2008年5月23日 (金)

年間第9主日 (2008/6/1 マタイ7章21-27節)

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 A年の年間第4~第9主日のミサの福音は、マタイ福音書5~7章の「山上の説教」が読まれることになっています。しかし残念ながら、四旬節・復活節と三位一体の主日・キリストの聖体の祭日を挟むため、ほとんどいつも、いくつかの年間主日は実際には祝われないことになります。きょうの箇所はその「山上の説教」の結びの箇所です。

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2008年5月16日 (金)

キリストの聖体 (2008/5/25 ヨハネ6章51-58節)

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 キリストの聖体の祭日は本来、聖霊降臨後の第二木曜日ですが、日本のような非キリスト教国では日曜日に移して祝われます。教会暦の流れから言えば、この祭日は、三位一体の主日と並んで四旬節・復活節の「余韻」と言ってもよいでしょう。聖体は、「キリストの死からいのちへの過越(すぎこし)」にわたしたちが結ばれることを意味しているのです。なお、特別に聖体の制定を記念するミサは聖木曜日の「主の晩さんの夕べのミサ」です。「聖体」という同じテーマを、復活節が終わった今、もう一度味わい直すことになります。 A年の福音の箇所は、ヨハネ6章から採られています。イエスが5つのパンと2匹の魚を5千人以上の群集に分け与えたという出来事をきっかけにして、パンをめぐるイエスと人々の対話が始まりますが、そのイエスの言葉の頂点と言うべき箇所がきょうの箇所です。

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2008年5月 9日 (金)

三位一体の主日 (2008/5/18 ヨハネ3章16-18節)

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 聖霊降臨の主日で復活節は終わりましたが、次の日曜日は三位一体の主日という特別な祭日になっています。教会の暦は、四旬節から復活節という約3ヶ月間をかけて、イエスの受難、死、復活、昇天、聖霊降臨を記念してきました。その余韻のようなこの祝日は、「三位一体」という神学的な教えを考える日というよりも、イエスの受難・死を見つめ、その復活を知り、聖霊降臨を祝ったわたしたちが、神の大きな救いの出来事を振り返り、父と子と聖霊の働き全体を味わう日だと考えればよいでしょう。

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2008年5月 2日 (金)

聖霊降臨の主日 (2008/5/11 ヨハネ20章19-23節)

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 日本語では「聖霊降臨」ですが、ラテン語などヨーロッパ諸言語では元のギリシア語のまま「ペンテコステ」(「50番目」の意味)と呼ばれる日です。第一朗読の使徒言行録2章1-11節の記事に基づき、復活祭から50日目の日曜日に、使徒たちの上に聖霊が降(くだ)り、教会の活動が始まったことが祝われます。一方、福音の記事は復活節第二主日にも読まれた箇所で、復活の日の夕方、使徒たちに聖霊が与えられたことを伝えています。日付や場面は異なりますが、イエスの復活後、使徒たちが教会の活動を始めるにあたって、聖霊の働きを強く感じたことが記念されるのです。ここでは、ヨハネ福音書と使徒言行録の両方の箇所をとおして、わたしたちに与えられている聖霊の働きを味わうことにします。

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2008年4月25日 (金)

主の昇天 (2008/5/4 マタイ28章16-20節)

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 使徒言行録によると、復活したイエスは40日にわたって弟子たちに姿を現した後、天に上げられ(1章=きょうの第一朗読)、50日目の五旬祭(ペンテコステ)の日に聖霊が降りました(2章)。教会の暦はこれらの記事に基づいて復活節を祝っています(本来、主の昇天の祭日は40日目の復活節第6木曜日ですが、日本のようにキリスト教国でない国では日曜日に移して祝われています)。 A年の主の昇天では、マタイ福音書の結びの部分が読まれます。ここには、復活したイエスが神の子としての栄光・権威を受けたことと、目に見えないがいつもわたしたちとともにいてくださるという、復活節全体の二つの大きなテーマがはっきりと示されています。

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2008年4月18日 (金)

復活節第6主日 (2008/4/27 ヨハネ14章15-21節)

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 先週に引き続き、ヨハネ福音書の最後の晩さんの席でのイエスの言葉です。イエスは、自分は目に見える形ではもういなくなる、しかし、何かが残るということをさまざまな形で約束しますが、その中心は「聖霊の派遣」だと言えるでしょう(14章16-17節、14章26節、15章26-27節、16章7-15節)。イエスが世を去って父のもとに行き、弟子たちに残されるもの・与えられるのは何よりも聖霊なのです。復活節の流れの中では、聖霊降臨の主日を準備するような箇所だとも言えます。

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2008年4月11日 (金)

復活節第5主日 (2008/4/20 ヨハネ14章1-12節)

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 ヨハネ福音書では、最後の晩さんというたった一回の食事の席での出来事に、13章から17章まで(福音書全体の約4分の1)があてられています。この席でイエスは、世に残していく弟子たちに向けて長い遺言のような説教をしました。その言葉の多くは、イエスは目に見える形ではもういなくなる。しかし、何かが残る、という「約束」です。もちろん1世紀末に書かれたヨハネ福音書は、それをただ将来起こることについての約束としてではなく、今すでに自分たちの中で実現している約束として伝えているのです。そして今のわたしたちも、このイエスの約束が(不完全かもしれませんが)自分たちの中で実現している、と感じたときに、イエスは今も生きている、と確信することができるのです。

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2008年4月 4日 (金)

復活節第4主日 (2008/4/13 ヨハネ10章1-10節)

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 復活節第4~第6主日のミサの中では、ヨハネ福音書のイエスの言葉が読まれます。これらの箇所は、復活して今も生きておられるイエスと今のわたしたちとの関わりを味わうために選ばれた箇所です。第4主日は毎年、ヨハネ10章の「羊と羊飼い」のたとえですが、ここには良い羊飼いとして羊にいのちを与えるイエスと羊であるわたしたちとの深いつながりが示されています(ちなみにB年に11-18節、C年に27-30節が読まれます)。

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2008年3月28日 (金)

復活節第3主日 (2008/4/6 ルカ24章13-35節)

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 きょうの箇所も「復活したイエスと弟子たちとの出会い」の物語です。先週(復活節第2主日)のヨハネ20章同様、この箇所も2000年前の出来事というだけでなく、「生きておられる」(ルカ24章23節)イエスと今のわたしたちとの出会いの物語として読むことができるでしょう。ミサや聖餐(せいさん)式との関連もよく指摘されています。聖書の言葉を聞き、パンを裂く集いの中にいつも復活したイエスが共にいてくださるということを味わうために、最適の箇所と言えるのではないでしょうか。

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2008年3月21日 (金)

復活節第2主日 (2008/3/30 ヨハネ20・19-31)

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 復活の主日の福音は復活の朝の「空の墓」の物語でしたが、第2、第3主日には「復活したイエスと弟子たちとの出会い」の物語、第4~第6主日は「目に見えないがイエスがともにいてくださるとはどういうことか」を示すヨハネ福音書の箇所が読まれていきます。 復活節第2主日の福音は毎年同じ箇所で、「週の初めの日の夕方」と「八日の後」にイエスが弟子たちに姿を現したヨハネ福音書20章の箇所です(なお、この「福音のヒント」も毎年ほとんど同じです)。このような箇所は2000年程前のある日の出来事であると同時に、今のわたしたちのイエスとの出会いの物語として読むことができるでしょう。

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2008年3月14日 (金)

復活の主日・復活徹夜祭 (2008/3/23 マタイ28・1-10)

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 復活の主日のミサには「復活徹夜祭」と「日中のミサ」、さらに「夕刻のミサ」があります。古代ユダヤの日付は日没と共に変わることになっていましたが、イエスは死んで三日目、今で言えば土曜日の日没から日曜日の明け方までの間に復活したと考えられ、古代から主の過越(すぎこし。イエスが死からいのちへ移られたこと)の祝いは夜中に行われていました。光の祭儀や大人の洗礼・堅信を行って主の過越を祝う復活徹夜祭は復活祭のメインのミサだと言えるでしょう。
 ここで採りあげるマタイ福音書の箇所は徹夜祭のミサの中で読まれる箇所で、日中のミサでも読むことができます。なお、日中のミサの固有の箇所は毎年同じヨハネ20章1-9節、夕刻のミサの福音としてはルカ24章13-35節が読まれることになっています。

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2008年3月 7日 (金)

受難の主日 (2008/3/16 マタイ27・11-54)

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 教会の暦では、きょうから始まる聖週間の木曜日・主の晩さんの夕べのミサから復活の主日までを「聖なる過越の三日間」と呼び、年に一度、特別に3日間かけて、キリストの受難・死から復活のいのちへ、という過越(パスカ)を記念します。この中の聖金曜日の典礼で、毎年ヨハネ福音書からの受難朗読が行われます。一方、主日のミサのサイクルでも、キリストの生涯の主な出来事を記念していくので、復活の主日の前の週のこの日曜日に、イエスの受難を記念することになっています。これが受難の主日です。受難の主日には3年周期でマタイ、マルコ、ルカ福音書からの受難朗読が行われます(今年はマタイで、長い形としてマタイ26章14節~27章66節を読むこともできます)。なお、この日のミサの開祭の部分で枝を用いて「主のエルサレム入城」が記念されます。

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2008年2月29日 (金)

四旬節第5主日 (2008/3/9 ヨハネ11・1-45)

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 四旬節第3~第5主日(A年)に読まれる、伝統的な洗礼志願者のための朗読箇所(ヨハネ4章、9章、11章)の3番目の箇所です。これらの箇所は、洗礼志願者がイエスとの出会いを深め、信仰の決断をするのを助けるために選ばれています。きょうの箇所は、病人であったベタニアのラザロが「死からいのちへ」と移されていく話です(今回もまた『聖書と典礼』の短い形ではなく、伝統的な長い形に基づいて話を進めます)。

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2008年2月22日 (金)

四旬節第4主日 (2008/3/2 ヨハネ9・1-41)

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 3年周期の主日のミサの朗読配分でA年にあたる今年の四旬節第3~第5主日には、洗礼志願者のための伝統的な朗読箇所として、ヨハネ福音書の4章、9章、11章が読まれます。これらの箇所は、洗礼志願者がイエスとの出会いを深め、信仰の決断をするのを助けるために選ばれた箇所です。きょうの箇所はその2番目で、生まれながら目の見えなかった人がイエスとの出会いによって「闇から光へ」と移される物語です(なお、今回も『聖書と典礼』の短い形ではなく、伝統的な長い形に基づいて話を進めます)。

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2008年2月15日 (金)

四旬節第3主日 (2008/2/24 ヨハネ4・5-42)

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 古代から伝わる洗礼志願者のための朗読箇所は、ヨハネ4章(サマリアの女)、9章(生まれつきの盲人のいやし)、11章(ラザロのよみがえり)です。これらの箇所は、洗礼志願者がイエスとの出会いを深め、信仰の決断をするのを助けるために選ばれた箇所です。現在の朗読配分では、この3箇所がA年(今年)の四旬節第3、第4、第5主日に読まれます(なお、ここでは、『聖書と典礼』の短い朗読ではなく、伝統的な長い朗読に基づいて話を進めます)。

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2008年2月 8日 (金)

四旬節第2主日 (2008/2/17 マタイ17・1‐9)

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 古代からの伝統に従い、四旬節第2主日の福音では毎年「イエスの変容」の場面が読まれます。今年はマタイ福音書からです。山の上でイエスの姿が光り輝いた、この変容の出来事は、ただ単に「偶然ある時、イエスの栄光の姿が表された」のではなく、「イエスが受難と死をとおって受けることになる栄光の姿が前もって示された」という出来事です。ここには、「イエスの受難・死・復活にあずかる」という四旬節全体の根本的なテーマが示されているのです。
 四旬節には、「洗礼志願者の準備」、「回心」とその具体的な表れとしての「祈り・節制・愛の行い」など、さまざまなテーマがありますが、そのすべてはきょうの福音のテーマ「イエスの受難・死・復活にあずかること」とつながっています。

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2008年2月 1日 (金)

四旬節第1主日 (2008/2/10 マタイ4・1‐11)

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 洗礼は、キリストの死と復活にあずかり、新たないのちに生き始めることを表す秘跡なので、古代の教会では復活祭に行われていました。また、復活祭に洗礼を受ける人の最終的な準備のための期間が徐々に形作られていきました。これが四旬節の起こりです。時代とともに、四旬節はただ洗礼志願者のための季節というだけでなく、キリスト者全体がキリストの死と復活にふさわしくあずかるための期間と受け取られるようになりました。
 「四旬節」ということばは40日間を意味します。これはもともと断食の日数でした(伝統的に日曜日を除いて復活祭前の40日を数えるので、灰の水曜日からが四旬節となります)。四旬節には、断食に象徴される回心=主に立ち返ること、さらに具体的に「祈り、節制、愛の行い」が強く求められています。
 この日の福音では、四旬節の原型である、イエスの荒れ野での誘惑の場面が読まれます。今年はマタイですが、先週までの年間主日の流れから離れて、もう一度、イエスの活動の出発点に立ち戻ります。ヨルダン川で洗礼を受け、聖霊に満たされ、「神の子」として示されたイエスは、同じ聖霊によって荒れ野に導かれ、悪魔と対決しますが、その中で「イエスの神の子としての道」が明らかにされていくのです。

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2008年1月25日 (金)

年間第4主日 (2008/2/3 マタイ5・1‐12a)

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 この箇所の直前、マタイ4章24節に次の言葉があります。「人々がイエスのところへ、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風(ちゅうぶ)の者など、あらゆる病人を連れてきたので、これらの人々をいやされた。」きょうの箇所はこの「群集」を見て、イエスが語った長い説教のはじめの部分です。いわゆる「弟子」だけでなく、群集も聞いていたことは、この説教の結びの箇所(7章28節)からも分かります。

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2008年1月18日 (金)

年間第3主日 (2008/1/27 マタイ4・12‐23)

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 きょうの箇所はマタイ福音書の中の、いわゆる宣教開始の場面です。ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受け、荒れ野で悪魔の誘惑を退けたイエスが、いよいよご自分の活動を始めていきます。今年は復活祭が早く、再来週にはもう四旬節が始まりますが、今年(A年)の年間主日のミサの中では、四旬節・復活節の長い中断をはさんで11月まで、マタイ福音書をとおして、イエスの活動の歩みを思い起こしていきます。 きょうの福音でマタイが引用しているイザヤ8章23節~9章1節は、実は「主の降誕・夜半のミサ」でも読まれた箇所です。降誕節の余韻として「闇に輝く光、神の栄光の現れ(エピファニア)」というテーマが続いているとも言えるでしょう。

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2008年1月11日 (金)

年間第2主日(2008/1/20 ヨハネ1・29-34)

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 「年間主日」のミサの福音は、福音を告げるイエスの活動の歩みを追っていきます。三年周期でマタイ、マルコ、ルカ福音書が読まれ、ヨハネ福音書は主に四旬節や復活節に読まれるようになっています。ところで、ヨハネ福音書でイエスの最初期の活動を伝える部分は他に読む日がないので、年間第2主日に読まれることになっているのです。 もちろん、成人したイエスの話ですが、ここに「神の子の栄光の現れ」という降誕節のテーマの余韻を感じ取ることもできるでしょう。なお、日本語で「公現」と訳されているラテン語の「エピファニアepiphania」(ギリシア語では「エピファネイアepiphaneia」)は、もともと「現れること」、特に「神の現れ」を表す言葉です。

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2008年1月 5日 (土)

主の洗礼 (2008/1/13 マタイ3・13-17)

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  降誕節を締めくくるのは主の洗礼の祝日です。イエスがヨルダン川で洗礼を受けたのは、イエスが誕生してから30年もたった後の出来事ですが、ここには「イエスの神の子としての現れ」という降誕節のテーマが続いているのです。 同時にこの出来事はイエスの活動の出発点でもあります。主の洗礼の翌日から「年間」となり、福音を告げるイエスの活動の歩みが記念されていきます。

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2007年12月28日 (金)

主の公現 (2008/1/6 マタイ2・1-12)

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 今年は1月6日が日曜日にあたります。日本では公現の祭日は1月2日から8日までの間の日曜日に祝われていますが、本来の祝日はこの1月6日です。「公現」はギリシア語では「エピファネイアepiphaneia」で「輝き出ること」を意味します。イエスにおいて神の栄光の輝きが現れたこと、イエスが神の子キリストとして現されたこと、それは待降節・降誕節全体の大きなテーマだとも言えます。
 福音の箇所は毎年同じで、マタイ福音書の話が読まれます。マタイはルカとはまったく違うイエスの幼年時代の物語を伝えています。無理やり1つの物語にしてしまうより、それぞれの物語を通して神が語りかけているものを受け取るとよいでしょう。

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2007年12月21日 (金)

聖家族 (2007/12/30 マタイ2・13-15,19-23)

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 クリスマスの後の主日は聖家族の祝日です。この日、教会はイエスの子どもの頃の家庭生活に思いを馳せます。伝統的にイエス、マリア、ヨセフの家族は「聖家族」と呼ばれ、わたしたちの家庭の模範とされてきました。今年の福音の箇所はマタイ福音書で、ヨセフとその家族がエジプトに亡命する話ですが、この話はマタイだけが伝えるものです。次の日曜日の「主の公現」のミサの福音はマタイ2章1-12節で順序が逆になりますが、今日の箇所とつながっています。 

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2007年12月14日 (金)

待降節第四主日 (2007/12/23 マタイ1・18-24)

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クリスマスの直前の主日には、直接イエスの誕生に関係する箇所が読まれます。今年の箇所はマタイ福音書で、幼子の誕生がヨセフに告げられる場面です。マタイ福音書は「イエス・キリストの系図」として、アブラハムからヨセフまでの系図を伝えます(1章1-17節)が、16節は「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」となっています。ヨセフとイエスの間に血のつながりはありません。それでもヨセフはきょうの箇所を通して、信仰によってイエスの父としての役割を引き受けていくことになります。

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2007年12月12日 (水)

待降節第三主日 (2007/12/16 マタイ11・2-11)

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 先週に引き続き、きょうの福音にも洗礼者ヨハネが登場しますが、本当の主役はもちろんイエスご自身です。きょうの箇所では、イエスによって実現したことが何だったのか、ということが示されています。「待降節第3主日」は「喜びの主日」と言われてきました。待降節は、英語で「Adventアドベント(到来の意味)」ですが、イエスの到来によってもたらされた喜びとは何なのかを味わう箇所としてきょうの福音を読むと良いでしょう。

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2007年12月 9日 (日)

待降節第二主日 (2007/12/9 マタイ3・1-12)

教会暦と聖書の流れ

聖書本文

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 待降節は、英語では「アドベントadvent」と言いますが、本来の意味は「到来」です。待降節第2、第3主日の福音では毎年、洗礼者ヨハネに関する箇所が読まれます。それはわたしたちが洗礼者ヨハネの弟子になるためではありません。わたしたちはイエスの弟子になろうとしています。洗礼者ヨハネとともに、彼がその到来を告げ知らせた「来(きた)るべき方」のほうに心を向けていくのです。

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2007年12月 2日 (日)

待降節第一主日 (2007/12/2 マタイ24・37-44)

教会暦と聖書の流れ

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 クリスマスの4週前の日曜日から待降節が始まります。教会の暦ではこの待降節第一主日から新しい年になります。3年周期の主日のミサの朗読配分ではA,B,C年のうちA年にあたり、福音朗読では主にマタイ福音書が読まれていきます。 「待降節」という日本語は「主の降誕を待つ季節」という意味では分かりやすいのですが、ラテン語はアドヴェントゥスADVENTUS(英語ではアドヴェントadvent)で、「到来」を意味する言葉です。待降節とは、2000年前にイエスが世に来られたことを思うだけでなく、世の終わりに栄光のうちに再び来られることを思う季節でもあります。待降節の福音朗読は毎年、終末についての説教からとられた「目を覚ましていなさい」という言葉から始まります。

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